いつも読んでくださりありがとうございます。
「子どものコミュニケーション能力を高めるお話」をシリーズでお伝えする本連載。
他者に対する【信頼感】と【安心感】を育むために『私たち親が自分自身を振り返るポイント』をご紹介しています。

前回は、対人関係において抱きがちな「〜でなければならない」「〜すべき」という価値観についてお伝えしました。
今回は『親の期待や理想を子どもへ押し付けてはいませんか??』というテーマでお話したいと思います。

親は子どものことを愛していて、幸せでいてほしいと願っています。
愛しているからこそ心配になり、子どもが困らないようアドバイスしたくなる。
失敗する結末が分かっているなら、じっと見ていられず助言してあげたい。
そう感じているはずです。
子育てをしていると、自分のことより子どもを優先しなければならない場面が多くあります。
そしてその分、子どもへの思いも強くなっていきます。
しかしこのように思いが強ければ強いほど、子どものことを客観的に見られなくなり、無意識に子どもへ親の期待や理想を求めてしまうようになることをご存知でしょうか?

親の期待や理想とはどのようなことなのでしょうか?
それは親自身が子どものころ、
「失敗から不安や後悔、罪悪感を覚え、そうならないように決め込んだ事柄」
であったり、
「親など周りの大人から期待され果たせられなかった事柄」
であるかもしれません。
また反対に「成功体験から『価値があること』と刷り込まれた事柄」もあるでしょう。
あるいは親や先生など周りの大人から教えられた「『〜しなければならない』という価値観」かもしれません。
つまり親の期待や理想というものは、
「ネガティブな感情を回避する価値観」
であったり、
「人から価値があると教えられたこと」
「人から評価されるもの」
であると言えます。

私たち親は、自分が「良い」「正解」「正しい」と感じていることを理想化し、子どもへ期待して応えるよう無意識に求めます。
そして子どもが期待通りのことをしてくれると、私たち親が満足するのです。
反対に「悪い」「不正解」「間違い」と感じていることに対しては、強く拒否したくなり許せなくなってしまいます。
それは子どもからしてみれば、「親の期待に応えたら愛されるけれど、応えられなければ見捨てられる」という条件付きの愛情のようなもの。
子ども自身の真の喜びとはなりません。

親子という関係は(幼いころは特に)、心理的上下関係からどうしても「親>子」という図式になりやすいものです。
それは「放任」「過干渉」「過保護」といった支配的な関係になってしまうことを忘れてはなりません。
悪意があろうとなかろうと、子どもに対して支配的になってしまう恐れが誰にでもあるのです。
また赤ちゃんのころは一人では何もできず、何もかもしてあげなければ死んでしまうほど未熟だった存在の我が子。
ところが成長と共に自我が芽生え自分の意思で生きるようになっていきます。
ですから、子どもの成長に合わせて「親と子の適切な境界線」が必要となっていきます。
子どもの友だち関係についても、つい口を出ししたくなります。
ですが、親子であっても性格や好みが違うように、コミュニケーションの場面においても人との付き合い方は違います。

ここで少し私の子育ての体験をお話したいと思います。
現在中3の長女は物静かで控えめな性格、友だちは少なめ。
一方、私は賑やかな性格、友だちは多い方。
娘が小学生のころのある参観日のこと。
娘は休み時間、自分の席にポツンと一人で座っていました。
その様子を見て私は何だか可哀想な不憫な気がしてきて、
「仲間に入れないんじゃないか!?」
「友だちがいないんじゃないか?!」
「人から嫌われているんじゃないか?!」
と焦り心がざわついて不安になりました。
帰宅後に娘へ聞いてみると、仲間に入れないのではなく「休み時間は一人でボーっと過ごしたい」「学校は疲れるもん」と返答がきました。
娘は何も困っていなし問題も起きていないのに、私の心をざわつかせた原因-。
これは一体なのでしょうか?

これは「娘の問題」ではなく、
「人から嫌われること」
「仲間外れにされること」
「ひとりぼっちになること」
への不安や怖れを感じている「私の問題」であることがみえてきます。

私には、「友だちの輪に入れない/仲間に入れてもらえなくて居場所がない」と感じた小学生時代の悲しい体験が根っこにありました。
そのため一人でいる娘を見ていると当時の自分と重なってしまい、
「一人でいる人は嫌われ者」
「一人でいることは恥ずかしいこと、みっともないこと」
と不安や怖れなどネガティブな感情がフラッシュバックしていたのでした。
そしてそれらの「感情のフィルター」を通して見ているので、娘の客観的な状況を把握することができない。
それだけでなく同一視してしまい、
「一人でおって寂しくないん?」
「友だちはおらんのん?」
「誰かと一緒におらんといけんじゃろ」
と言葉をかけ、私の「孤独への怖れを元にした価値観」を娘に植え付け「娘との適切な境界線/距離感」を持つことができなかったと感じます。
小学生のころの悲しい体験はもう忘れしまっていて、今の私に影響しているとは思いもしませんでした。
しかし当時感じた「心細さ」「苦しさ」「惨めさ」「悲しさ」「淋しさ」などの感情を誰かに話すことができなかったため、長い間心の中に封じ込んでいたのです。
過去の体験から「ひとりぼっち」を怖れるあまり、「人に嫌われないようにする」ことが私の「価値観のベース」となっていたことにも気付きました。

もし娘も不安に感じていたなら、
自分の不安と混同して「一人でおって寂しくないん?」などとネガティブな感情を煽る言葉は使わず、
自分の不安とは切り離して「娘が何を不安がっているのか?」を客観的に俯瞰する視点で耳を傾ける
が必要なサポートです。
子どもがある程度の年齢まで成長すると、親が変わりに問題を解決してあげるのではなく、あくまでも適切な境界線・距離感を持って見守らなければなりません。
「辛かったら辛いと言える」
「悲しかったら悲しいと言える」
「困ったら助けてと言える」
子どもにとって、このような【心の安全基地】でいることが何よりも大切なのです。

「大勢でいることが好き/一人で静かに過ごすことか好き」など心地良い人との距離感はそれぞれ。
子どもであっても大人であっても、その人なりのコミュニケーション方法があり、その人なりの人との程よい距離感があります。
親子だからといって、子どもの対人関係に干渉し過ぎず、「心地良い距離感は人それぞれ」ということを忘れないでください。
つい「親の理想のコミュニケーション」を押し付けてしまいそうになりますが、
その子の性格を理解してあげて、親の価値観で子どもの対人関係をジャッジしたり指摘したりせず、「その子なりのコミュニケーション方法・人との距離感」を認めてあげること
これが大切なポイントとなります。

母親は特にお腹を痛めて産み育てていますから、子どもと一体化してしまいやすいと思います(私自身思い当たります)。
いくら親子であっても、親と子は別の人間で性格も好みも違います。
ですから、はっきりと「子どもと自分は別の人間なんだ」と自覚すること。
繰り返しになりますが、
これらがとても大切です。
このような視点を持つことで、自分の感情と冷静に向き合うことができます。
そして親の期待や理想を押し付けずに子どもの意思を尊重し、人との関わり方を見守ってあげることができますよ。
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平野桂子(ひらの・けいこ)
岡山市在住。3人(高3、中3、小1)の子どもを育てるママ。自身の子育てと介護職に20年間従事した経験から親子関係の大切さに気づく。子育てに悩んだ経験から、同じように子育てで悩むお母さんの力になるべく、現在は心理セラピストとして子育て相談やインナーチャイルド療法、前世療法などに取り組み、より良い親子関係のためのコミュニケーション講座を開催している。2024年春、子どもさんとお母さんの心が楽に、ありのままの笑顔でいられる場所『みんなの家』をオープン。親子で自然と触れ合う参加型の活動を行っている。
心理セラピスト(子育てでの気付きやヒントなど書いています)
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