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子育てのメモリー ロンドン五輪女子マラソン代表 重友梨佐さん母 (1) 目標に向かってひたすら努力

/掲載日:2020年06月19日/紙面:山陽新聞朝刊/掲載:13ページ/

岡山ゆかりの著名人の子ども時代を、親の視点で思い返す「子育てのメモリー」。今回から4回にわたり、備前市出身でロンドン五輪女子マラソン代表・重友梨佐さん(32)の母・民恵さん(61)=同市香登本=に語ってもらう。岡山生まれ、岡山育ちのオリンピアンは、どんな女の子だったのだろう。

 1987年8月29日。待望の女の子が生まれました。三つ上に兄がいて、次はどうしても女の子が欲しかったので、うれしくてうれしくて。名前もかわいくて呼びやすいものがいいと思い、字画を見る人にいくつか候補を挙げてもらった中で、一番気に入ったのが「梨佐」でした。

 本人には由来を「お母さんは梨が好きじゃからよ」なんて言っていましたが、本当はこんな理由です。体が弱かった兄とは異なり病気らしい病気をしたことがなく、とにかく元気で健康。男の子と山を駆け回っているような子でした。

 私自身、母から人付き合いや礼儀といった社会常識を口うるさく言われて育ったせいでしょうか。私も親として言うべきことは言うと決めており、割と厳しく子どもたちをしつけてきました。

 わが家では「言い訳は3度まで」。どんなおかしな言い分でも3度までは聞きますが、4回目からは容赦なく雷を落とします。梨佐は遊びに出たら帰ってこない子で、(地域のスピーカーから)午後5時の「夕焼小焼」が聞こえたら帰ろうね、の約束が守れない。玄関から放り出して鍵をかけて、泣いてもわめいてもそのまま、ということが何度もありました。

 小さいころから運動ができて明るく活発だったので、周囲からは「梨佐ちゃんは何でもできるなー」なんて言われていましたが、そんなことはありません。例えば小学校の縄跳びの検定で、ここまで合格したいと目標を決めると、それに向けてひたすら練習。暗くなり、私が「いい加減にしなさい!」と怒るまで没頭しています。

 竹馬も一輪車もそう。膝をすりむいて血を流し、できない自分に腹を立てて泣きながらやっている。けん玉にはまったときは、枕元に置いて目が覚めてから寝るまでカチャカチャカチャカチャ。その音を聞いているこっちがおかしくなりそうなほどでした。

 不器用で、こつをつかむのに時間がかかる子でした。でも、周りの人には、自分がこれだけ練習したということは絶対に言いません。最初からできているような顔をしていましたが、違う違う。あの子、死ぬほど練習してたんです。

 本当に普通の子で、オリンピックに出るなんて当時は思いもしません。ただ、目標に向かって努力する。その一点については、親の私から見ても並々ならぬものがありました。

 (聞き手・則武由)

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