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視標 不妊治療の医療保険適用 産婦人科医 宋美玄氏 出産育児のハードル下げよ

/掲載日:2020年10月18日/紙面:山陽新聞朝刊/掲載:4ページ/

 

菅義偉首相が新政権の目玉政策として「不妊治療の保険適用」を掲げた。少子化対策としての位置付けだ。確かに、経済的な理由で自費治療の人工授精や体外受精などの高度な治療に踏み出せなかったカップルにとって、負担が減ることは歓迎すべきことだ。

 だが、保険適用を少子化対策の柱のようにして語ることには懐疑的だ。新政権の政策の目玉が欲しかったのかもしれないが「少子化の原因は不妊なのか? ちょっと待ってよ」と思ってしまった。

 日本では団塊世代が生まれた第1次ベビーブームの次には、そのジュニア世代が生まれた第2次ベビーブームがあった。だが、「第3次」は起こらなかった。大きな要因の一つは、団塊ジュニアと、バブル崩壊後の就職難に見舞われた就職氷河期の世代が重なってしまったことだ。就職ができない、非正規雇用で経済力がないといった理由で「結婚できない人」が多く生まれ、少子化に拍車を掛けた。

 人口の多い世代が生殖適齢期を終えつつある今、不妊治療へのアクセスを良くしたところで、出生数の大幅増加につながるとは考えにくい。残念だが少子化対策としてはタイミングを逸している。本来、団塊ジュニアが適齢期のうちに、安心して家庭を持ち、子育てしようと思うような環境を整えるべきだった。

 一方で、患者側から見れば、経済的負担の軽減以外にも保険適用のメリットはある。現在、自由診療がメインの不妊治療の費用や質は、医療機関や医師によって大きな開きがある。公的保険制度が導入されれば、全国どこの医療機関でも、どの医師の診察でも同じ医療行為は同一の料金になる。科学的根拠の乏しい治療は淘汰とうたされやすくなるだろう。

 日本は不妊治療が盛んな国の一つで、体外受精の件数も非常に多い。ところが、妊娠率は諸外国と比べて低いのが現状だ。理由の一つは、体外受精を始める年齢が高くなっていること。若く経済力がないと、高額な体外受精や人工授精の段階に進めないが、保険適用となれば、より妊娠しやすい年齢のうちに、ステップアップがしやすくなる。

 海外ではある程度治療を経て実を結ばなかった場合、養子を取るカップルが珍しくない。日本では40代夫婦は年齢が理由で養子縁組が実現しにくいため、子どもを持つためには妊娠するしか選択肢がない場合も多い。公的保険の対象として多額の税金を投入する以上、より妊娠しやすい人に効率よく支援するため、どこかで線引きが必要だ。今後、年齢や回数制限の議論を重ねていくことになるだろう。

 子どもを授かっても、父親が会社を休まない、休めないので、母親1人で子育てをして孤立する、仕事との両立が困難―。そんな状況で、若い世代がもう1人子どもを持とうとか、これから産もうとか思うだろうか。

 不妊治療の助成や保険適用は、あくまでも取っ掛かり。大切なのは、出産や子育てそのもののハードルを下げることだ。若いうちに妊娠、出産を考えられる社会、幸福に子育てできるような社会、生まれた子が虐待などのリスクにさらされないような社会にするよう、切れ目のない支援が重要だ。


 ソン・ミヒョン 1976年神戸市生まれ。大阪大医学部卒。英国留学などを経て、2010年から国内の医療機関で産婦人科医として活動。

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